元大学院生のノート

心と口と行いと研究で

尊敬すること

 I loved the man, and do honor his memory on this side idolatry as much as any.  (Ben Jonson "On Shakespreare")

自分が生まれて最初に尊敬した人は誰だろうかと記憶をさかのぼってみると, 物理学者のリチャード・ファインマンが最初の人物だった。それは確か高校1年生のとき, 科学雑誌かなにかにファインマンの自伝的小説である「ご冗談でしょう、ファインマンさん」の話が載っていてそれに興味を持ってその本を読んでみたら, たちまちファインマンの虜になってしまった。そして岩波文庫から出版されているファインマン関連の本をすべて買い集めた。ファインマン量子力学への貢献により1965年にノーベル賞物理学賞を受賞し, 物理学に数々の業績を残したが当時の僕はそんなことは全く知らず(分からず), ひたすら本の中のファインマンに溢れるユーモアと自然や人間への好奇心に惹かれ尊敬をした。そしてファインマンの物理学への貢献を知った今もそれは変わらない。

ファインマンは僕が尊敬した時点では既にこの世にいなかったので生きてる人で最初に尊敬した人はだれかというとそれは結構最近の話で, 卒業研究のときの指導教員だった。ファインマン同様, その先生も物理学において天才的な人だったが, 尊敬した理由はやはりその先生のユーモアとか様々なことに対する興味(知識)の多さだったと思う。例えば, ゼミのテキストは英語だったのだが, 事あるごとに英語の豆知識を教えてくれ, この先生の専門は英語なのかと思うほどだった。

人は自分よりかけ離れたところにいる人を尊敬しがちである。もしかしたら僕が本の中のファインマンを尊敬したのもその一つなのかもしれない。しかし, どんな人も近づいてみてみると自分と同じ人間であることに気づく。三島由紀夫の「おわりの美学」の話の一つである「尊敬のおわり」で語られるように, むしろ自分と同じ人間であり同じものを持っている人だからこそ尊敬する, ということが理想的な尊敬なのかもしれない